怒れない私を責めないで|心の境界線を引くために

こんにちは。カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。

「最近、怒るようになったんです」

あるクライエントさんからの嬉しい近況報告。
そう、嬉しかったのです。

なぜなら、このクライエントさんは誰もが怒りを感じるような場面で怒ることができなかったからです。

この記事では、怒れなくなった理由、怒りと心の境界線の関係についてお伝えしますね。

身体が伝える怒りのサイン

あなたが怒っているときって、身体はどんな反応をしていますか?
・心臓の鼓動が速くなる
・肩にグッと力が入る
・頭にカァッと血がのぼる

怒りの感情はジェットコースターのように交感神経が一気に上がって、身体の反応として現れます。
でも、気持ちを抑えたり、隠したりするのが普通になっていると、感覚が麻痺して反応しなくなるのです。

怒りには「ここから入ってこないで」と自分の境界線を守る役割があるはずなのに、なぜこんなことが起こるのでしょうか?

欲求に対する3つの行動パターン

心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求5段階説」にもあるように、私たちはいろんなレベルで欲求を持っています。

「お腹がすいた」などの生理的な欲求から、「上司から認められたい」という承認欲求や、「自分らしく生きたい」という自己実現欲求まで。

欲求は私たちが生きていく上で必要不可欠。
欲求に対しての行動には3パターンあります。
1)欲求を満たそうとする
2)叶わないものと諦める
3)自分以外で満たそうとする

では、それぞれ見てみましょう。

欲求を満たそうとする

疲れていたら、ゆっくり休む。
健康を維持したいなら、食事と運動に気を付ける。
もっとお金がほしいなら、いい条件の仕事を探す。

こんなふうに「○○したい」を満たすために、私たちは行動します。
でも、いつも欲求が満たされるとは限りませんよね。

そんなとき、あなたはどうしますか?

「叶わないもの」と諦める

どんなに欲求があっても満たされることがなかったら、「叶わないもの」として諦めるようになります。

たとえば、子どもの頃、欲しいものを手に入れたくて泣いて大人に訴えても、まったく取り合ってもらえなかったり、厳しく怒られてばかりだったら、どうなるでしょうか?

「欲求を出すのは危険、出してはいけないもの」と学んで、欲求そのものをなかったことにします。

満たされない欲求を求めて傷つくくらいなら、いっそのこと欲求を持たなくなる方がましなのです。

こうして心を閉ざして相手との間に境界線を引いて、心のバランスを取ろうとします。

もしあなたが自然な感情であるはずの怒りを感じなくなっていたら、嫌ってくらい諦める体験をしてきたのかもしれません。

自分以外の人に満たしてもらう

自分の中でなくなったことにした欲求は、本当になくなったのでしょうか?

他者との間にピシッと心の境界線を引いて、求めることをやめたはずだったのに、大人になって親密な関係を持ったときに無意識が発動することがあります。

他の人には一定の距離感で接しているのに、「この人は私の最大の理解者!」と思い込んだ相手には境界線がなくなって、「これくらいしてくれるのは当然」と期待がどんどんふくらんでいく。

まるで今までせきとめていたダムが決壊したかのように、すべての感情が溢れ出す。

相手が思った通りにしてくれないと裏切られたように感じて、抑えようのない怒りがこみあげてくる。

でも、あなたが本当に怒りを訴えたいのは目の前にいるその人?

子どもの頃に欲求を満たしてほしかったあなたの親だった、ってことはないでしょうか?

無意識が持つエネルギーは、私たちの想像を超えた形で出てきます。
頭では「この人を大切にしたい」と思っているし、言い合いをしたいわけじゃない。

でも、つきあっていくうちに境界線がなくなって、怒りの矛先が向くようになっていたら、封印していた欲求が叫び出したのかもしれない。

トラウマ体験が境界線に及ぼす影響

境界線に影響を及ぼすのは、子ども時代の育ちばかりではありません。

大人になってからでも、安全を脅かされたり、存在を軽んじられたりすることが長い間続くと、境界線が曖昧になってしまいます。

たとえば、暴力。
身体的なものに限らず、束縛、罵倒、命令など、心理的におびやかされることはトラウマ体験となり、境界線が脆くなったり、壊れたりします。

私自身の経験を振り返ると・・・
8年間のカナダ生活では、日本では経験したことのない身の危険を感じることが何度かありました。

スーパーマーケットでの置き引き、白昼の路上で引ったくり、空き巣による金品の盗難。
こんなトラウマ的な出来事は文字通り境界線が侵入される体験です。

幸いにして警察の人、友人、バイト先の人、学校の先生などに支えられて日常に戻ることができましたが、「入りこまれる感覚」「むしり取られる感覚」は今でも身体の中に残っています。

境界線を引くための2つの質問

怒りと心の境界線の関係について見てきましたが、あなたは今何を感じているでしょうか?

境界線とは固定的なものではなくて、流動的なものだと思うのです。
接する相手によって、カーテンくらいのゆらゆら動く境界線もあれば、要塞の壁のように入る隙がない境界線もある。

大事なのは、いろんなパターンの境界線の中から、「ほどよい」と感じられる境界線をあなたが選べるようになること。

ただ、「境界線を引けるようになったらいいな」とぼんやりと望むだけでは、充分とは言えません。

あなたがイメージする境界線をしっかり引けるように、2つの質問をしてみてください。

質問1:何のために境界線を引きたい?

「境界線を引く目的」を自分に問いかけてみましょう。

・嫌な頼まれごとに「ノー」と言えるようになるため?
・他人の意見に流されないで自分軸で物事を決めるため?
・自分のことをもっと大事にするため?

質問2:どんな人生を歩きたい?

「境界線を引く目的」がはっきりしたところで、もう1つの質問です。
その目的が果たせたら、「どんな人生を歩きたい?」と訊いてみましょう。

・頼まれごとに「ノー」と言えるようになったら、もっと自分のために時間を使って過ごしたい?

・自分軸で物事を決められるようになったら、周りに人がいてもいなくても自立した人生を歩いていられる?

・自分のことをもっと大事にできるようになったら、大切な人にも優しくなって平和な関係を築けそう?

まとめ

心の境界線を侵されたら、怒りという感情が出るのは自然なこと。
たとえ今のあなたが怒りを感じなかったとしても、そうならざるを得なかった背景がきっとあります。

忘れないでほしいのは、あなた自身がその背景や事情に寄り添うこと。

その上であなたにとって「ほどよい」と思える境界線を引きながら、歩きたい未来を歩んでくださいね。

<参考文献>
パット・パルマ―(1998):怒ろう Anger can be healthy. 怪書房.
山本美穂子(2019):セラピストのためのバウンダリーの教科書.BABジャパン.

上田 富美子(うえだ ふみこ)

心理学の知識やスキルを日々の生活で活かして、心も身体も健康になって、人生を豊かにしたい人のためにブログを書いています。

臨床心理士・公認心理師・SEP(ソマティック・エクスペリエンス・プラクティショナー)

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