こんにちは。
カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。
「頑張って!」
「頑張ります!」
何気ない日常のなかで交わされる会話。
私が聞き流すことができなくなったのは、
毎日英語に悪戦苦闘しながら単位を取るのに必死だった留学生のときのこと。
「頑張らないと」
励ましのつもりで投げかけられた母からの言葉に、
「これ以上、どう頑張れって言うの?」とブチ切れてしまいました。
日本に帰国してかれこれ20年経ちましたが・・・
「こんにちは」と同じくらいに「頑張る」という言葉は日本に蔓延していて、
頑張りすぎて心を病む人が増えるのと無関係ではないような気がします。
この記事では、「頑張る」に違和感を持つ私がたどりついた、その落とし穴や向き合い方についてお伝えしますね。
「頑張る」が量産される理由
成果を得たい
そもそもなぜ頑張るのでしょうか?
それは、シンプルに「得たい成果」を得られるから。
筋トレやダイエットをして、スリムになって周りの人に認められたい・・・
難関の資格試験に受かって、自信をつけたい・・・
家に持ち帰ってでも、仕事を終わらせたい・・・
頑張ることでほしいものが手に入ったり、
困難を乗り越えられたら、
「次も同じように頑張ればいい」と思うのは自然なことですよね。
こうして頑張る人は、
「頑張ること=いいこと」という価値観を強化していくのです。

頑張ることを他人にも期待する
『プロフェッショナル 仕事の流儀』や『情熱大陸』には、
いつも何かに打ち込んでいる人が出ていますよね。
キラキラした人たちを見ると、
なんだか羨ましくなって「私も頑張ろう」なんて思うことがあります。
触発されて行動するのはいいこと。
うん、うん。
でも、これが問題になるときがあります。
頑張ることを自分に課すだけではなくて、
他人にも期待するとき。
頑張る人は自分が頑張った結果、
困難を乗り越えてきたし、ほしいものを手に入れてきた人。
だから、物事がうまくいかないときに「頑張りや努力が足りない」という考えで、
他の人にも頑張ることを期待するのです。
でも、すでに頑張って疲れきっている人に必要なのは、
「もっと頑張って」ではなく、
「ちょっと力を抜こうか」のひと言だったりする。

足し算より引き算をした方がいいときもあるのに、
そんなことを知らない。
知っていたとしても経験したことがないから、
足し算することでしか対処しない。
「頑張って!」
「頑張ります!」
こうして世の中は「頑張る人」で溢れていく・・・
「頑張る」の意味
そもそも「頑張る」とは、
「我を張る」や「我意を通す」という意味。
見るからに、力が入って身体が固くなる感じがします。
ここ数年、心と身体のつながりを探求していくうちに、
心身統一合氣道の世界に足を踏み入れました。
そこでは、
「力んでいるときは、心を使っている状態ではなく、余計に身体にストレスをかけている」と、
言われています。
精神科医の神田橋條治先生も、
その著書のなかで「『頑張る』は危険な言葉・・・、心身を無視して目的追求せよの意味」と述べています。
なるほど・・・!
うつ病の人に、
「頑張れ」の言葉が禁句とされている理由がよく分かる気がするのです。
自分の限界をこえているにもかかわらず、
休養するのも罪悪感を感じてしまい、
なかなか力が抜けない人に・・・「頑張れ」。
励ましになるどころか、
追いつめる言葉になりかねないのは「頑張りが足りない」と言われている感じがするから。
学生時代は「もう充分」ってくらい自分のできなさを痛感して、
弱音を吐きたかった私。
そんな私が聞きたかった言葉は、
「頑張って」ではなく、
「もう、頑張らなくてもいいよ」だったんだろうなぁ。

それでも「頑張る」が必要なとき
そうはいっても、
頑張らないといけないときは往々にしてありますよね。
では、頑張らないで、
目の前のことをこなしていくにはどうしたらいいでしょうか?
神田橋先生によると、
「頑張る」のは、
次の4点が揃っている「緊急対策」や「トレーニング」のときに限定されます。
①目的は?
②方法は?
③いつからいつまで?
④その後の休息の方法は?
この4点が揃っているのは、たとえば地震や火事のとき。
私の住む熊本では2016年に地震が発生。
しばらくすると、
「がんばれ!くまもと」のステッカーが貼られた、
救援物資を運ぶトラックや災害派遣車両をよく見かけるようになりました。
普段は「頑張る」という言葉を口にするのも、
目にするのも抵抗感を覚えるのに、
このときばかりは「そうだよね、頑張るってこういうときのことを言うんだよね」と、
「頑張ること」が正しいと思えたのでした。

ただしく「頑張る」には?
確かに地震が起きたら、もう頑張るしかありません。
ただ、緊急事態はそうそう起きるものではなく、
普段の生活では「トレーニング」として頑張る必要がある時の方が圧倒的に多い。
では、そんなときはどう頑張ったらいいのでしょう?
目的と目標は似て非なるもの
「目的」と「目標」を、
分けて考えることがとっても大事。
これって、分かりきったことのようで、混同されやすい。
少なくとも、私は混同していました。
改めて・・・
目的とは「何のためにするのか」ということ。
目標とは「その目的を達成するための道しるべ」のこと。
卒業に6年かかった理由
私は大学を卒業するのに6年もかかりました。
そう、小学校だって卒業できるくらいの長い年月。
その最大の理由は、
「心理学を勉強したい」が最初の目的だったのに、
しだいに「卒業すること」が目的になってしまったから。
「護身術を身に付けたい」と思って武道を始めたのに、
昇段することが目的になったり、
「英語でコミュニケーションできるようになりたい」と思って学びだしたのに、
英検合格が目的になったりするようなものですね。
大学の授業は進むスピードが早く、レベルも高くなるにつれて、
自分の英語力がついていかない現実に打ちのめされて・・・
楽しむ余裕なんてなくなり、
ついには「卒業さえできたら、それでいい」と思うようになっていきました。

今にして思えば、「何のためにするのか」という目的が曖昧だったうえに、
どこかで目的を振りかえることもせず、
ただもがき苦しんだ時代だったなぁと悔やまれます。
なので、卒業したときは達成感なんかよりも、
「やっと終わった」という解放感の方がはるかに大きくて・・・
卒業証書を手にした時は、
「この紙切れ一枚のために、私は頑張ってきたのか」と、
なんだか虚しい気持ち。
おかげで忍耐力だけは人一倍つきました(笑)
今だったら、当時の私に「目的」を深ぼりして訊きたい。
「心理学のどんなところがおもしろいって思う?」
「なぜ心理学を勉強したいの?」
「心理学を学んで、将来どうなっていったらいいと思う?」
そして、「もっと息抜きしろ!」と伝えたい。
まとめ
今回ブログを書いているとき、
思いがけず留学時代の旧友と数年ぶりの再会を果たしました。
昔話に花が咲いて、言われた言葉が・・・
「ふみこさんはストイックだったよね」
「昔は頑張ることしか知らなくて、それを信条にしていたんだなぁ」と思わず苦笑い。
今は絵本のこのフレーズが私の信条です。
がんばっているとね、つい
「これが うまくいけば、 おだやかな きもちに なれるかな」
って、思っちゃう。
でもね、きっと 逆なの。
おだやかな 心で いると
いろんなことが うまくいくんだよ。
はい、どうぞ。
ゆっくり、お茶の時間に しよう♪

<参考文献>
いぬいさえこ(2023):きみのそばにいるよ.パイインターナショナル.
神田橋條治(2019):心身養生のコツ.岩崎学術出版社.
藤平信一(2009):心を静める.幻冬舎.