こんにちは。カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。
「カウンセリングってメンタルが弱い人が受けるの?」
「カウンセリングに興味はあるけど、よく分からないし、意味あるのかな?」
こんなふうに思ったことはありませんか?
カウンセリングはただ話しているように見えて、実は「言葉にすること」に意味があるのです。
この記事では、「言葉にすること」が効果的な理由、メリットやデメリットについてお伝えしますね。
カウンセリングはすでに始まっている
あなたがカウンセリングをしてみようかどうか迷っているとしたら、それはカウンセリングへと準備が整い始めているときです。
実際にカウンセリングを受けたことはなくても、自分の内面について話すってことは分かるし、今の悩みは先延ばしにしてきた精神的な課題と関係している気がする。
あなたの直感は伝えていると思うのです。
このままの人生だったら、もっと苦しくなりそうだな・・・
他の人みたいに、楽に生きられないのは何か原因がありそう・・・
迷いに迷った挙句、自分と向き合う心の準備ができた時に、カウンセリングを受ける決心をする。
「カウンセリングはメンタルが弱い人が受けるもの」と思われがちだけど、自分の弱さに向き合える強さと覚悟を持った人がたどり着ける場所。
「言葉にすること」のメリット
カウンセリングは「言葉にすること」を前提にしています。
喜怒哀楽はいろいろあるけれど、「楽しいこと」や「嬉しいこと」よりも、「つらいこと」や「苦しいこと」など、いわゆるネガティブな感情が語られることがカウンセリングの核の部分。
では、ネガティブな感情を言葉にすると何が起こるのでしょうか?
「都合の悪いこと」に直面する
もやもやする悩みや心に引っかかる違和感は、輪郭がはっきりしないで、得体の知れない不快感がありますよね。
そこに言葉をきちんと与えることで、ぼやっとしていたものの正体がくっきりと見えはじめる。
それは今まで遠ざけていた自分の本質的な課題といえるもので、往々にして都合の悪いことや痛みを伴う避けたいこと。
でも、カウンセラーという伴走者がいると、避けていたものに取り組む環境ができる。
42.195キロのマラソンも一人孤独に耐えながら走るより、仲間や沿道の声援などサポートを背に受けて走る方が、長い道のりを乗り切れそうですよね。
カウンセリング場面を一つ例にあげてみましょう。
あなたがいつも誰かのために時間を使って、自分をすり減らしているとして・・・
周りからは「休んでいいよ」と言われても、それを許さない自分がいる。
「休むとどうなりそうなんでしょうね?」
「人のために時間を使っていると、どんな感覚がしますか?」
「休んでいるときに、頭に浮かんでくる言葉はありますか?」
カウンセラーからいろんな質問を投げかけられて、はじめて自分と対話する時間を設けることができる。
カウンセラーとの協働作業だからこそ、自分一人では広がらない視野や深まらない自己理解に柔軟性が生まれてくるのです。
自分の声を聞く
カウンセリングでは、カウンセラーに向かって話しているようで、実のところ自分にも話しています。
頭の中で嫌な言葉やイメージを反芻して、抜け道がない場所をグルグル回っていたとしても、言葉として口に出したときに違うニュアンスを帯びてきます。
カウンセラーが何かアドバイスをしたわけでもないのに、気付きが生まれる。
「私はこういうふうに思っていたんだ」
「私はこれが嫌だったんだ」
「本当はこうしたいんだ」
自分の声を聞いて腑に落ちるのは、発した言葉の中に気付いていなかった無意識の存在を発見するから。
「言葉にすること」のデメリット
もやもやした気持ちを吐き出すと、お掃除したみたいに胸がスッキリしますよね。
カタルシス効果を期待してカウンセリングを受けるのもありですが、注意したいことがあります。
「話してスッキリ」がパターン化した例
はじめてカウンセリングを体験したときのスッキリ感が忘れられなくて、足しげくカウンセリングに通ってくださっていたクライエントさん。
でも、回を重ねても、不眠や不安などの症状は一向に変わりませんでした。
当時の私は問題意識が薄かったということもあるけれど、何より他のすべを知らなかった。
どちらかが先に死なない限り、進展しないカウンセリングが永遠に続くように思われました。
研修やトレーニング、本やセミナーなどを通して、カウンセリングのあり方を何年も模索するうちに分かったのは・・・
クライエントさんの本質的な課題に触れないまま、ただ「話してスッキリ」がパターン化していたこと。
カウンセラーの話を遮るようにマシンガントークが止まらないクライエントさんは、都合の悪いことに触れてほしくないという抵抗があったのかもしれない・・・
否定されずに話を聞いてもらえる体験は、クライエントさんの日常生活にはない「楽しい」と思える時間だったのかもしれない・・・
いろんなシナリオが想像できるのですが、一つ一つの可能性をクライエントさんともっと一緒に探求していたら、違う展開になっていたと思うのです。
結局、そのクライエントさんは物理的な理由で通えなくなって、カウンセリングは尻切れトンボで終わってしまったのでした。
トラウマ体験を語りすぎた例
「カウンセリングは話す場所」という認識は世の中に浸透していますが、多くの人は「吐き出すのはいいこと」、「吐き出すと楽になる」と信じてやみません。
でも、話さない方がいい場合があるのです。
思い出しただけでも、手に汗握ってそわそわ落ち着かなくなったり、胸がきゅっと苦しくなるようなトラウマ体験は、話すことで楽になるどころか、症状が悪化することも珍しくありません。
そんなことをまだ知らなかった頃を振り返ると、「ここに来ると、余計に症状がひどくなる」と言っていたクライエントさんを思い出します。
感情にフタをして思い出さないようにしているからこそ、日々の生活をやり過ごせているのに、語りすぎたためにトラウマを再体験させていたのです。
過去にトラウマ体験がある場合、話せるようになるまでには下準備が大事。
準備が整わない状態で語るのは丸腰で戦場に向かうようなもの。
戦地に行く前には戦術と戦略を練るように、トラウマという敵にいどむためにはそれ相応の準備が必要です。
まとめ
カウンセリングとは、言葉というツールを使って、カウンセラーとクライエントの二人三脚で進めていく作業。
でも、「話してスッキリ」することがパターン化しているとき、トラウマ体験を語りすぎているときは、カウンセリング本来の目的からズレていないかアンテナを張っていたいものです。
<参考文献>
春日武彦(2020):援助者必携 はじめての精神科.医学書院.
ジェニーナ・フィッシャー(2022):サバイバーとセラピストのためのトラウマ変容ワークブック トラウマの生ける遺産を変容させる.岩崎学術出版社.