こんにちは。
カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。
不安なときって居ても立ってもいられなくて、
「消したい」って思ってしまうもの。
ついやってしまう不安の対処法ってありませんか?
この記事では、やってしまいがちな方法と、自分にやさしい対処法についてお伝えしますね。
ついやってしまう不安の対処法
「不安の対処法を教えてください」
よくあるご相談のひとつです。
詳しく聞いていくと、相談者の方はすでに色んなことに取り組んでいることが多いです。
なかでも代表格は
・荒療治をする
・考えないようにする
荒療治をする
荒療治とは多少荒々しくても、
大きな変化や解決を期待して取り組むこと。
たとえば苦痛なほどに人前で話すのが苦手な人が、
あえて接客業に就くパターン。
うまくいけば「克服した!」という達成感が得られて、「今までとは違う自分に変身できるかも」と期待します。
でも実際には、
出勤前にお腹の調子が悪くなって、
帰宅後は一人反省会をするか、
消耗しきって寝込んでしまう。
もしくはその両方。
そして次の日も・・・
荒療治は、ハイリスク・ハイリターンの投資のようなもの。
得られるものが大きい分、失うものも大きい。
考えないようにする
「考えないようにする」ができたら、
それに越したことはありません。
でも、これって意外に難しい。
たとえば、
「今から1分間シロクマのことについて考えないでください」と言われたらどうでしょう?
「~してはいけない」と禁止されると意識はそこに向くので、考えないようにすればするほど考えてしまう羽目に。

どんなに考えないようにしていても、
突然ふっと不安が浮上してくることもあります。
しかも寝る前や、
お風呂に入っているとき、
リラックスしているとき。
そう、意識が緩んでいるときです。
押しやられた不安は消えてなくなるのではなく、
フタが開くのを待っています。
なぜやってしまうのか?
一時的・短期的に効果はありそうですが、
長期的に見たら役に立つとは言えない対処法を、
なぜやってしまうのでしょうか?
努力の問題と思っている
ゲテモノや苦手な場所を克服させるTV番組を観ていると、荒療治は効果的に見えるものです。
「鍛えれば、克服できる」と思えるので、
筋トレみたいに「傷めつけないと成長しない」と、
覚悟を決めて自分にムチを打つ。
思考回路がスパルタ式です。

「考えないようにする」場合も、
思考で不安をコントロールしようとしています。
前提として「不安はコントロールできる」という考えがありそうですが、
そもそも不安とは自然な反応なので意思でコントロールするのは難しい。
暑い時に汗が出るように、不安は無理して止められるものではありません。
ほかの方法を知らない
「不安だね。でも大丈夫だよ」
「不安に感じるのは、自然なことだよ」
いつもこんな言葉をかけてもらえたら、
無理して頑張らなくてもよさそうですよね?
不安に対してまちがった方法で対処してしまうのは、
頑張る以外の方法を知らないってことが多い。
もっと言うなら、
不安とのつきあい方を学ばないまま、
大人になってしまった。
本当は、受容的なかかわりがもっと必要なのです。
自分にやさしい対処法
ここでは自分にやさしい対処法を2つご紹介します。
やさしい目標を、やさしい環境で
やさしい目標とは、
階段を一段一段登っていくようなつもりで、
確実に達成できる小さなステップのこと。
やさしい環境とは、
目標に到達するまでに遭遇する、
さまざまな困難や壁を乗り越えさせてくれるサポート。

私の好きなTV番組、『探偵ナイトスクープ』はとても参考になります。
番組では相談依頼者が苦手なことやモノを克服するために、「探偵さん」がお手伝いする企画がよくあります。
たとえば、カエルが苦手で仕方ない人がいたら、
次のようなステップで依頼者は挑戦します。
カエルのかわいいイラストを見る → カエルのおもちゃを見る → カエルのおもちゃを触る → 本物のカエルを触る
依頼者の頑張りが注目されがちですが、
よく見ると「探偵さん」や依頼者の家族や友だち、専門家の人、サポートしてくれる人がたくさん登場します。
もし失敗したとしても、
「残念だったね」と一緒に悲しんでくれます。
相談依頼者が長年の悩みに勇気を出して立ち向かえるのは、応援してくれる人たちの存在、
失敗しても許してくれる環境があるからだと思うのです。

不安を「 」でやさしく包む
次の文章はまったく同じ内容ですが、微妙にニュアンスが違いませんか?
・明日の会議は司会役だ。どうしよう・・・
・「明日の会議は司会役だ。どうしよう・・・」と私は思っている。
ほんのちょっとかもしれませんが、「 」をつけると客観的になれます。
不安を抱えるのがきついのは、
不快な感情と自分が一体化するためです。
「 」をつけると、
感情が自分から少し離れて、
「ここにある」から「そこにある」くらいの距離感へと変わります。
「 」は贈り物をむき出しのままで渡すのではなく、ていねいにラッピングするようなもの。
たとえ中身は同じでも、
ラッピングしてある贈り物の方が大事にされている感じがしませんか?
不安も「 」でやさしく包むと、
向き合いやすくなるかもしれません。

まとめ
「荒療治をする」と「考えないようにする」には共通点があります。
「荒療治をする」は不安な気持ちに向き合いすぎて、
「考えないようにする」は向き合わなさすぎるのです。
どちらも「過ぎる」という点で、極端。
不安に向き合うときは極端ではなく、
やさしい目標を、
やさしい環境で、
やさしく取り組んでみてくださいね。