トラウマを癒すってどういうこと?|脳の働きとトラウマの関係

こんにちは。カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。

うつ病、社交不安障害、境界性パーソナリティー障害、双極性障害、解離性障害、摂食障害、適応障害・・・

精神科では日常的に使われる診断名。

でもカウンセリングを進めていくと、クライエントさんの身体の中には診断名だけでは説明できない何かが鎮座している、そんな感覚を覚えることがあります。

子どもの頃に受けたいじめや虐待
家族間の争いごとや経済的な不安
職場の過重労働やハラスメント

共通しているのは・・・
慢性的なストレスに長い間さらされて、心身が消耗しきっていること。

そして、トラウマが癒されていないということ。

クライエントさんから感じる「何かが鎮座している」の「何か」とは、「癒されていないトラウマ」の存在なのです。

この記事では、トラウマを癒すとはどういうことなのか?についてお伝えしますね。

カウンセリングは話せばいいってもんじゃない!

カウンセリングっていうと、どんなイメージがありますか?

「吐き出してスッキリする」とか、
「人には言えないことを話して楽になる」とかって思われがちですが・・・
これはカウンセリングをした結果起こることではあっても、目的ではありません。

特に内容がトラウマ体験の場合は、話せばいいってもんじゃないのです。

トラウマ体験というのは言葉にするのも苦しくて、普段はフタをして触れないようにしているからこそ日常生活を過ごせているのに、いきなり「話せ!」というのはとても乱暴なこと。

「カウンセリングだから、なんでも話さないといけない」と思わなくていいし、トラウマ体験を詳しく語るのはむしろ危険なのです。

これとは逆に、話しだしたら止まらなくなることもあります。

一つのトラウマ体験を話していたら「あれもあった」「これもあった」と芋づる式に他の出来事も思い出されて、話さずにはいられなくなる。

そのまま衝動に任せて話してしまうと、トラウマを受けた時に時間は瞬時に逆戻りして、その時の生々しい感覚や感情を再体験することになってしまうのです。
これはぜひとも避けたいこと。

トラウマ症状は身体の自然な反応?!

トラウマ体験は話せばいいってもんじゃないなら、カウンセリングではトラウマをどう扱うのでしょうか?

それは、トラウマ反応を見ていくこと。

一般的にはトラウマの主な症状は、3つのカテゴリーに分類されます。

① 再体験:「過去」の出来事としてではなく、「今」の出来事として思い出すフラッシュバック。これが寝ているときであれば、悪夢。思考の形で起きる場合は、侵入症状と呼ばれます。

② 回避・麻痺:トラウマを引き起こす引き金になりそうなものを避けたり、トラウマ記憶から自分を切り離すために感情や感覚を感じなくなる。

③ 過覚醒:神経が高ぶってなかなか眠れない。イライラやソワソワして落ち着かない。些細なことで怒りっぽくなったり、集中するのが難しくなる。

実際、クライエントさんは次のように表現することが多くあります。
・身体がふわふわしている
・かかとが地につかない
・感情を感じにくい
・息が深く吸えない
・胸元が詰まった感じがする
・じっとしていられない
・思考で頭が忙しい

ここで気を付けたいのは・・・
これらを「症状」として捉えると、「取り除くべきもの」となってしまいますが、
むしろ、これらは強烈なトラウマ体験に対して、身体が生き延びるために行っている自然な反応なのです。

脳の働きとトラウマの関係

トラウマを癒すためには、脳が自分を守るために「何をしようとしているのか」を理解することがカギです。

圧倒されるような出来事から生き延びるための自然な反応は、脳の中の本能を司る「脳幹」で起きています。
その際のパターンは次の3つ。

① 定位づけ:まわりの人や環境を見わたして、何が起こっているのか確認して、安全かどうかを感じる

② 闘争-逃走:酸素、血液、糖分などが筋肉と脳に送られて、「たたかうか」「逃げる」の行動に出る

③ 解離:たたかうことも、逃げることもできない場合、痛みをコントロールする内因性オピオイドが分泌されて「苦痛を感じない」「現実味がない」などの反応が起きる

3つのパターンはランダムに起きるのではなく、①から②、②から③という風に順を追って、戦略を変えながらとにかく「生き延びる」という目的のために進みます。

では、具体的にどのように起きるのか見ていきましょう。

たとえば、猫に狙われたネズミの場合。
ネズミは猫の気配を感じると、キョロキョロあたりを見わたします(①定位づけ)。

そこへ、猫が襲いかかろうとすると、交感神経の働きによってネズミは瞬時に逃げます(②逃走)。
逃げきった後ではネズミの身体では震えが起きて、しだいに呼吸が戻って身体を休めます。

もし猫に捕まったら?
逃げ場のないネズミの本能は「死んだふり」をします(③解離)。
このとき動かなくなったネズミに興味を失った猫がよそ見をしようものなら、その隙にネズミは逃げ出すことができます。

仮に猫がよそ見などせずにネズミを捕らえたままだったとしても、ネズミの身体では内因性オピオイドが分泌されて、死の痛みは抑えられるのです。

このように、脳は自分を守るための方策を段階的にとっていくのです。

トラウマ時の震えを止めてはいけない理由

人間もネズミと同じ哺乳類なので、脳が危険を察知した時のパターンは同じ。

たとえば地震が起きた時。
私たちはあたりを見わたして、そばに誰かいたら「今の地震?」とお互いに確認しあう形で「定位づけ」をします。

もし揺れが続いたら、テーブルの下に隠れて「逃走」の反応へと移ります。

ネズミと違うのは、人間の場合は交感神経によって動員された膨大なエネルギーが解放されないまま、神経系の中にとどまった状態になることがあるということ。

さきほどのネズミは逃げ切った後に身体が震えるままに任せたので、余分なエネルギーが解放されて、呼吸も元に戻ったのでした。

ところが人間は、トラウマ時に手が震えたりすると、「異常なこと」として捉えるので、震えを止めようとしてしまうのです。

本来ならば、震えは感情の強烈さから解き放ってくれるはずなのに、止めようとするがために身体の自然な反応を阻止しているのです。

トラウマを癒すことは身体と出会うこと

カウンセリングでは過去の出来事を思い出したり、感情を表現することは大事なプロセスですが・・・
トラウマを癒すためには、それだけでは不十分。

ほとんどの場合、トラウマは恐怖を伴う感覚が起きるので、それに耐えうるだけの自己調整力を持った身体になることが大事なのです。

例えて言うなら、耐震設備がある家。
屋根が落ちたり、壁が崩れたとしても、頑丈な土台があれば、その土台を元に家を修復していけますよね。

私たちも自己調整力が備わった身体があれば、トラウマから立ち直ることができるのです。

まとめ

カウンセラーになりたての頃は、言語化することがいいことだと信じていました。

クライエントさんが「何を言ったか」ということばかりに気を取られて、「身体がどんな反応をしているか」ということにあまり注意を払っていませんでした。

回復に長い時間がかかる人
症状が慢性化している人
トラウマ体験を抱えている人たちとの出会いがきっかけで、私のトラウマケアの探求は始まりました。

トラウマのことを知れば知るほど、トラウマの癒しは身体と出会うことなんだなと実感するようになり・・・
トラウマは決してこの世の終わりではなく、回復可能なものだと、希望の光を見るようになったのでした。

<参考文献>
スティーブ・ヘインズ(2023):トラウマや不安、痛みって本当に不思議 -でも私は大丈夫、と言える本-.いそっぷ社.

上田 富美子(うえだ ふみこ)

心理学の知識やスキルを日々の生活で活かして、心も身体も健康になって、人生を豊かにしたい人のためにブログを書いています。

臨床心理士・公認心理師・SEP(ソマティック・エクスペリエンス・プラクティショナー)

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