こんにちは。カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。
「はじめまして」のクライエントさんにお会いするときは、たくさんのことをお尋ねします。
特に外せない質問のひとつは、体調のこと。
夜、眠れていますか?
食欲はありますか?
どこか痛いところ、気になるところはありますか?
薬を処方するわけでもないのに、なぜ体調のことを尋ねるのかというと・・・
ほとんどのクライエントさんは心の痛みだけではなく、身体の痛みも抱えていることが多いからです。
この記事では、脳から見た身体の痛み、特に慢性的な痛みについてお伝えしますね。
心の痛みと身体の不調
不安、焦り、悲しみ、孤独、落ちこみ、怒り・・・
精神的な痛みをどうにかしたくてカウンセリングをはじめたクライエントさん。
気付くのは、ほとんどの人が身体的な不調も同時に持っているということ。
しかも年単位で。
代表的なものとして
頭痛、腹痛、筋肉痛、吐き気、めまい、過敏性腸症候群、生理痛、関節炎、腰痛、肩こりなど。
クライエントさんにとってカウンセリングは心の痛みを話す場所ではあっても、身体の不調を話す場所とは思われにくい。
なので、こちらから積極的に尋ねないと「身体の不調」は置いてきぼりになってしまいます。
お話しを聞いていくと、クライエントさんが訴える身体の不調には精神的な痛みが背後にあることがよくあるのです。
果たして、身体の痛みは心の痛みによって起きるものなのでしょうか?
痛みの不思議、いろいろ
『トラウマや不安、痛みって本当に不思議』の著者であるスティーブ・ヘインズ氏は、その著書のなかで痛みの不思議さを表す例を挙げています。
1)あるダンサーは手首を捻挫した時、痛みが増していった結果、羽根で触られるだけでも激痛が走るようになった。これは「アロディニア」と呼ばれる現象。
2)2012年のロンドンオリンピックで、400メートル走リレーのランナーは足が骨折したまま完走した。ランナーはその時のことを「弾けるような感覚があった」と報告。
3)手足を切断した人の80%は、「まだそこにあって痛い」と手足の痛みを訴えた。
こういう例を見ると、身体の痛みって一体何なんだろうと分からなくなってきますよね。
一つ言えることは、思っている以上に痛みはとても複雑だということ。
「痛み」の定義
では、痛みの定義について見てみましょう。
痛みは「急性疼痛」と「慢性疼痛」に分かれます。
損傷した細胞組織では炎症が起こりますが、しだいに組織は修復していきます。
新しいたんぱく質繊維が成長して、かさぶたができて傷は治りますが、この組織の修復プロセスは3~6ヶ月で完了すると言われています。
これが急性疼痛。
一方で、6ヶ月以上続く痛みの場合は慢性疼痛。
細胞組織の修復が終わった後でも、痛みが続くのが慢性疼痛ということになります。
では、脳には痛みはどう見えているのでしょうか?
脳の最大の目的は生きのびること。
なので、脳にとって痛みは「身体の組織が危険、安全ではない」という警告を意味します。
ただ、ここでひとつ疑問が・・・
3~6ヶ月で細胞組織が修復したのであれば、脳は「安全」と感じて痛みはおさまってもいいはずですよね。
どうも慢性疼痛の場合は細胞組織の問題だけではない、別の何かが関係しているようです。
誤作動する脳の警報システム
その正体は「ニューロタグ」と呼ばれる、神経系におけるパターンであると研究者は述べます。
なんだか話が難しくなってきましたが・・・
ニューロタグとは、記憶、信念、感情、感覚、文化、学習などの神経パターンのこと。
それはクモの巣のように複雑に絡み合っていて、脳が身体の組織に「危険」を感知して行動が必要だと判断した時に作られます。
このとき、記憶、信念、感情、感覚、文化、学習などのどれか一つでも刺激されると、脳は身体を使って警戒信号を出して、身体のどこかに生理的な変化が起こるというのです。
生理的な反応には疲労、ストレス、炎症、解離などたくさんあって、痛みはその反応のなかの一つ。
厄介なのは、脳は「危険」に対して「行動せよ」と反応を起こすとき、正確さよりもスピードを優先させる特徴があること。
このおかげで脅威に対してすぐさま対応して人は生き延びてきましたが、問題となるのは脳が誤作動を起こすとき。
実際には危険ではないものに対しても、「危険」と判断してしまうことがあるのです。
慢性疼痛とは、細胞組織が治癒したあと脳の警戒システムがオフになってもいいはずなのに、誤作動を起こしてオンのままで過剰に反応している状態なのです。
警報システムの音量を下げるには?
脳は警報システムの音量を上げるのは得意でも、下げるのは苦手。
一体、警報システムの音量を下げることはできるのでしょうか?
脳梗塞になった後にリハビリをすると、手足が少しずつ動くようになりますよね。
これは損傷した神経細胞の代わりに別の神経細胞が新しい回路を作るためで、脳の可塑性(かそせい)によるものです。
脳の可塑性を活用して脳に痛みの経験を変えるための学習をしてもらうことで、警報システムの音量を下げることができるのです。
ポイントは、脳が誤作動により「危険」と認識している状態から、「安心・安全」と感じられる状態になること。
「危険」から「安心」への3つの対処法
ここでは、3つの取り組みを見ていきましょう。
身体を感じる
身体のなかにある微細な感覚に気付いて、身体の「いい感覚」を探求してみましょう。
そうすることによって、脳は警報システムのボリュームを下げてくれます。
とはいえ、身体の感覚に意識を向けるのは案外難しいものです。
そこで五感を基準に心地いい感覚を探してみましょう。
視覚:見ていて目が喜びそうなものは?
聴覚:聞き心地のいい音は?
嗅覚:好きな香りや匂いは?
味覚:思わず笑顔になる味は?
触覚:触り心地のいいものは?
身体を動かす
身体を動かすと痛みを伴うことが多いかもしれないけれど、痛みを伴わない動きがあることを脳に覚えてもらいましょう。
実際に動かなくても、楽しくなるような動きをイメージするだけでも脳は活性化されます。
たとえば、「動く瞑想」と呼ばれるヨガでは、日常生活ではしないような動きをしながら、身体の感覚も感じられるので、一石二鳥です。
言葉を変える
痛みのスイッチをオフにするには、脳を苦しめるような言葉は使わないこと。
たとえば「お金がないと困るから、働く」と言うと、「○○ないから、~する」という危機回避の言葉になります。
脳を苦しめないような言い方にするには、どう言ったらいいでしょうか?
たとえば「安心して暮らしたいから、働く」という風に変えると、少しニュアンスが違いますよね。
日常使う言葉レベルから痛みを誘発する要素を取り除いて、新しい習慣へとつなげていきましょう。
まとめ
カウンセリングを受けるクライエントさんは「心の痛み」も「身体の痛み」も抱えていることがほとんどです。
ただ、長引く「身体の痛み」はニューロタグというとても複雑な神経のパターンによって誘発されるため、「心の痛み」だけではなく、いくつもの要因が関係しています。
そんな複雑な慢性疼痛ですが、諦める前に痛みの習慣を少しずつ変えてみましょう。
大事なことは、「危険」を感じている脳に、「安心・安全」をもたらしていくこと。
<参考文献>
スティーブ・ヘインズ(2023):トラウマや不安、痛みって本当に不思議 -でも私は大丈夫、と言える本-.いそっぷ社.