こんにちは。
カウンセリングオフィスボイスのうえだふみこです。
「あの失敗がトラウマになっていて・・・」
「上司の怒鳴り声がトラウマレベル」
こんな風にストレスや苦手意識を表す言葉として「トラウマ」って使うことはありますよね。
「トラウマ」という言葉自体は、私たちの日常生活に広く知れわたっているなと思うのですが・・・
「トラウマって、いったい何?」
「どんな風にケアしたらいいの?」
という一歩先の部分については、まだまだ誤解されているなって感じることがあります。
もしあなたが「トラウマを克服するためには、過去のつらい記憶と真正面から向き合って、
涙を流して感情を解放しなければならない」って思っていたら、それは少し危険なことかもしれません。
なぜなら、その誤解によってかえって自分を苦しめてしまうからです。
一般的にイメージされる、つらい感情を出し切ることを「トラウマ解放」。
それに対して、トラウマの影響を減らして日常生活を楽にすることを、
私は「トラウマ解消」と呼んでいます。
「泣き叫んでスッキリ(解放)」しなくても、
身体の仕組みを整えることで「あ、もう怖くないかも(解消)」という状態へたどり着くことは、
十分に可能なのです。
この記事では、トラウマについて多くの人が抱いている誤解と、
トラウマ解放しなくても解消できる方法を身体的アプローチの観点からお伝えしますね。
誤 解1:トラウマは「命に関わるような大事件」の後にだけ起こる
あなたは「トラウマ」と聞いてどんなことを想像しますか?
戦争、自然災害、重大な事故、凶悪犯罪の被害・・・
命の危険を感じるようなショッキングな出来事は、「トラウマ」として想像しやすいですよね。
実際、これらは「Big T(大文字のTのトラウマ)」と呼ばれ、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の直接的な要因となります。
でも、トラウマってそれだけではないですよね?
・幼少期に親から感情を否定されつづけた
・学校や職場でいじめやハラスメントを受けた
・慢性的な夫婦間のモラハラ
・誰にも助けてもらえない孤独な育児ストレス

こうした日常的にくりかえされる「Small t(小文字のtのトラウマ)」と呼ばれるものも、
私たちの心身に深く影響します。
「日常的につづく、逃げ場のないストレス」は、
一回一回の出来事は小さく見えるかもしれません。
でも、真綿で首を絞めるように蓄積していき、
長い時を経て私たちの神経系に深い傷を残します。
これは「複雑性トラウマ」と呼ばれることもあります。
「自分は大きな事件に遭ったわけでもないから、
トラウマなんて言ってはいけない」と思っていたとしても、
自分を責める必要なんてありません。
もしあなたが「圧倒されて、自分では処理しきれなかった」と感じた経験は、
トラウマになり得るのです。
誤 解2:トラウマ反応は「心の弱さ」や「甘え」である
「いつまでも過去を引きずっていないで、前に進んだら?」
「気合いで乗り越えろ」
クライエントさんの中にはこんな言葉をかけられて、
トラウマの傷がさらに深くなる場合があります。
しかも身近な友人や家族から言われると、
「誰にも分かってもらえない」感覚が加わって、心まで孤独に・・・
周囲は本人に少しでも変わってほしくて言っているのかもしれません。
でも、これってトラウマ反応を「心の弱さ」とか「甘え」だと誤解しているから出てくる言葉。
自律神経系の観点から見ると、
人間の身体は、圧倒的な脅威に直面して「闘うことも、逃げることもできない」と脳が判断したとき、
最後の防衛手段として「シャットダウン(凍りつき・解離)」という反応が起きます。
つまり、トラウマ反応とは神経系の自然な防衛反応。
ライオンから襲われそうなシカが死んだふりをして、
生き延びようとするのと同じで、生存のためのシステムなのです。

このように、トラウマを抱えている状態とは、出来事が過ぎ去った後でも
① 神経系は「まだ危険は去っていない」と誤作動を起こして常に警戒モードになっている
もしくは
② エネルギーを切って無気力(シャットダウン)になっている
だから、意思の力や性格の問題ではなく、
身体のシステムがエラーを起こしている状態なのです。
これはトラウマを抱える人の周りの人にはぜひとも知っておいてほしいこと。
誤 解3:治すには「過去を掘り起こし、感情を解放」しなければならない
ここからが、この記事で最もお伝えしたい重要なポイントです。
トラウマ治療というと、
「つらい記憶を思い出して、抑えていた感情を泣き叫んで吐き出すこと(=感情解放)が癒やしにつながる」というイメージを持っている人がとても多い。

ドラマ 『教場』 に見る「トラウマ解放」のイメージ
ドラマ『教場』で、木村拓哉さん演じる風間教官が、
生徒のトラウマを半ば強引に引き出すシーンはその典型的な例です。
封印していた記憶を泣き叫びながら吐き出し、
立ち直っていく姿はとてもドラマティックですよね。
確かに、何が起きても揺るがない風間教官のような絶大な存在があって、
かつ本人に準備が整っていれば、それが転機になることもあります。
でも、これを現実のカウンセリングで安易に行うのは非常に危険です。
なぜなら、トラウマ記憶は単なる「過去の映像」ではないからです。
当時の恐怖や身体の痛み、パニックが「今まさに起きていること」として脳と身体をハイジャックしてしまいます。
準備ができていない状態で無理に向き合おうとすると、神経系は再び耐えられなくなり、
パニック発作や、逆に感覚を遮断して閉じこもってしまうなど、トラウマの再体験を引き起こすリスクが高くなります。
「トラウマ解放」よりももっと大事なこと
魔法使いのように一話で解決する風間教官のトラウマ解放は、
エンターテインメントとしては成立しても、
実際のケアとしてはとてもリスキー(ハイリスク・ハイリターン)です。
私がカウンセリングで行っているケアは、もっとずっと地味なものです。
クライエントさんが耐えられる範囲内で、少しずつトラウマ記憶を扱っていきます。
風間教官が「一発勝負の投資」なら、私は「月払いのコツコツ定額貯金」。
派手さはありませんが、クライエントさんの安全を何より優先し、着実に回復の道を目指します。
そう、「感情の激しさ」よりも、
あなたの「安全性」と「心を調整する力」を育てていくことが大事。
リソース(資源)を育てれば、トラウマ解放はいらない?!
では具体的には、トラウマの影響から抜け出すためにはどうすればいいのでしょうか?
リソース(資源)って、なに?
リソースとは、あなたが「安心感」「心地よさ」「力強さ」「落ち着き」を感じられる、すべてのもの。
それは大きく分けて2つ。
・外的リソース:信頼できる友人、理解あるパートナーや専門家、安心できる部屋、自然豊かな公園、ペット、好きな音楽、お気に入りの毛布、推しの存在など。
・内的リソース:深呼吸をするときの心地よさ、地面にしっかりと足がついている感覚(グラウンディング)、自分の強み、過去に困難を乗り越えた経験、想像力など。
リソースで『耐性の窓』を広げる
私たちの神経系には『耐性の窓』と呼ばれる、
ストレスに適切に対処できる最適な覚醒レベルのゾーンがあります。

トラウマを抱えると、この窓が極端に狭くなります。
目薬一滴分のストレスがコップの水をあふれさせてしまうように、
少しの刺激でパニックになったり、落ちこんだりします。
「リソースを育てる」とは、この『耐性の窓』を少しずつ広げて、
神経系に「今は安全なんだ」という感覚を教えていく作業です。
過去の暗闇を見るのではなく、今ここにある「光」や「温かさ」を身体で感じて落とし込ませていくのです。

トラウマ解放は、必ずしも必要ではない?!
リソースが充分に育って、自分の神経系を自分で落ち着かせる力、
「自己調整力」がついてくると、不思議な変化が起こります。
以前ならフラッシュバックを引き起こしていたような刺激に出くわしても、
「あ、今少し動揺しているな」と客観的に見ることができ、深呼吸やリソースを使って、
自分で安全な領域に戻ってこられるようになります。
リソースが強ければ、過去のトラウマ記憶は「圧倒的な恐怖の体験」から、
ただの「過去の嫌な出来事の記憶」へと静かに格下げされていくのです。
そのため、過去のトラウマ記憶をくわしく語って、号泣しながら「解放」する劇的な儀式は必要ありません。
トラウマケアでは、「トラウマを完全に消し去る」ことを目標にするのではなく、
「トラウマ記憶を持っていても、それによって自分は脅かされない」状態になることを目指していくのです。
まとめ
あなたは、トラウマによって「今」が生きづらいと感じているかもしれません。
でも、今生きているということは、「トラウマ」よりも「リソース」が上回ったことを意味しています。
生き延びるために神経系が必死にあなたを守ろうとした結果、
トラウマ反応が出ているのです。
だからこそ、「これを乗り越えなければ」と自分を追い詰めたり、
無理に過去の傷をひらいて塩を塗るようなことはしなくてもいいのです。
今日飲む一杯の温かい飲み物
お風呂に入ったときの「ふぅ」と息が抜ける感覚
好きな音楽を聴いている時の心地よさ
そんな日常の小さな「リソース」を一つひとつ積み上げていくこと。
そして
身体と神経系に、時間をかけて「今は安全だよ」「もう闘わなくて(逃げなくても)いいんだよ」と教えてあげてくださいね。
その安心感の土台がしっかりとできた時、あなたは過去にとらわれることなく、自分の人生の主導権を静かに取り戻しているはず。
<参考文献>
Peter A. Levine, Ann Frederick (1997) Waking the Tiger: Healing Trauma: The Innate Capacity to Transform Overwhelming Experiences. North Atlantic Books.